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Day Street

日々が道となり人生となる

人種差別に対する強い想いがこもっているこのビデオを見て欲しい。

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こんにちは、かこいです。先日授業中に「I Am NOT Black, you are NOT White」という動画を見ました。クラスでは通常1.2本のビデオを見るのですが、今回のこの動画だけクラス で拍手が起きました。僕自身心の底から感動し、今回記事を書くことにしました。

どうか、どうかビデオだけ見てください。パソコンの方は以下でYoutubeの設定の下のEnglishをJapaneseにしてCCを押してから見てください。この設定で動画自体に日本語の字幕が流れます。スマートフォンの方はI Am NOT Black, You are NOT White. - YouTubeで見ることが出来ます。ただ英語のみなので、下の動画を中心に合わせて見てみることをお勧めします。また、こちらの素晴らしい記事で翻訳を見ることも出来ます。わたしは黒人ではない、あなたは白人でもない - Hana.bi | Japan + YOU

 

ラベル理論と人種差別

今回の記事では、ラベル理論を中心に書いていきたいと思います。人種差別等には個人的見解が多いので苦手な方はブラウザバックをお願いします。

アメリカでの黒人差別問題

今回この動画を見た授業はRace、つまり人種について取り扱っていた授業でした。

人種差別の歴史

アメリカの人種差別は最初1700年代に移住してきたイギリス人によるインディアンに対する差別に始まり、1800年代ではアフリカ大陸に住むアフリカ人を金と暴力により捉え、奴隷として販売されたという歴史があります。

黒人奴隷商売については今回は触れないとして、これらの歴史により黒人への差別は酷いものとなりました。1860年のリンカーン大統領による奴隷解放宣言は差別を撤廃するものではなく、街では黒人と白人で分けられたトイレや公共施設、また白人しか入ることが許可されないレストランなど、アメリカでは残酷な人種差別が行われていました。また、黒人だけでなく私達を含むアジア人、メキシコ人なども差別されていました。

そのような差別に対して行動を起こしたのが、かの有名なマーティンルーサーキングJr.牧師でした。

彼の活躍、そしてその後の多くの運動により差別問題は大きく改善されました。しかし、未だに差別の問題は残っています。

人種で就職に対する合格比率が変わったり、最近ではまた警察による黒人射殺事件が発生し、全米で「Black Lives Matter」運動が起きています。

www.huffingtonpost.jp

私は黒人じゃない、あなたは白人じゃない。

そんな歴史を学ぶ上で見たのがこのビデオでした。なぜ、差別問題が起きてしまうのか。その根本は何なのか。その答えを「ラベル理論」という視点から問題提起している動画です。今からは言葉の一部を引用しながらラベル理論、そして詳しい解説をしていきたいと思います。

ラベル理論とは

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わたしは
黒人ではない

社会は私をそう呼ぶけど

でも「私」ではない

母から生まれたばかりの私は

「皆さんこんにちは!黒人です!」
なんて言いながら生まれていない

違いますわたしは黒人だってことを
教わされてきました

あなたも私を黒人と呼ぶんだってことも教わされた

あなたも何人なのかも誰かに教わってきた

それはただのラベルにしか過ぎない

ラベル理論とは、もともとは規則を破るなどの逸脱した行為を行った特定の対象に対してアウトサイダーのラベルを付けることによって、その対象は逸脱した存在であるとラベリ張りすることです。

人種差別においては、この動画のように「あなたがその人を黒人とラベルを付けることによって、その人自身はそのラベルによって自分が黒人だということを知る」とも解釈されています。

生まれた時には自分が黒人だなんて知らず、ただの純粋な人間なのに、「人種のラベル」を貼られる事によって、段々とその人自身も染まっていくのです。

ラベルを受け入れる

私たちはこういうラベルを強引に貼られてきた

いずれそのラベルを全て飲み込んでしまうんです

それを消化して 受け入れてしまい

二度と疑わなくなってしまうんです

やがてラベルを貼られた人は、自分がそういうものだと受け入れてしまいます。そしてそのラベルを見た人たちも対象がそういう「逸脱」した存在だと疑わずに受け入れてしまいます。

そのラベルは私自身じゃない

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私が車を運転したとしよう

車を「私」と間違える人はいない

私の体を運転したとき
その体を「私」と間違えますか?

「私の」体なのです

わかりますか?
「私」ではないのです

ここでは、そのラベル自体は貼られた人自身ではないと説明されています。簡単に言うと、アジアの黄色人種の身体を持つ僕が、明日黒人の身体になっても、僕は僕のままなのです。外見だけで僕は変わらないんです。

でも、上の言葉のように"それを消化して 受け入れてしまい"僕らは生きていく環境の中でラベルを背負いながら人格が形成されていってしまいます。

僕らの体の種類は選ぶことができません。生まれた時は僕は黄色人種ですし、黒人は黒人、白人は白人なのです。変えることが不可能な体のパーツの一部なのです。

そこで、人種を通して勝手に差別し、異なる目で見るのことに、ロジックや正当性があるでしょうか?

みんな同じであるということ

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社会があなたにラベルをつけなかったら
あなたは誰ですか?

選択ボックスにXをつけるところがなければ
どうしますか

白人ですか

黒人ですか

メキシコ人

アジア人

ネイティブアメリカン

中東の人

インド人

違う

私たちはひとつになるのです

もし、ラベルが存在しなかったらどうなるでしょうか。人種など一切なしに考えたらどうなるか。そしたら僕たちはただの同じ人間なのです。

ラベルを剥がす

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人間に

黒い人

白い人と呼ぶような間違いを

このラベルは私たちを永遠に盲目にし

その人が誰なのかを見えなくしてしまう

ラベルがあるからその人をすぐに非難し 決めつけ

不自然な思い込みのフィルターをかけてしまう

ラベルが貼られることにより少なからず何かの憶測が僕らの中で生まれ、そして差別と言わなくても、なにかしらの思いを「人種」に対して抱いているんじゃないでしょうか。でも、それはその人自身じゃなくて、ただのラベルに書かれていることなんです。ラベルに書かれていることはその人を表しているわけではないのです。

日本はグローバライゼーション化が進み、多くの人が人種関係なく接することができる社会です。でも、未だに外国人の人は「外人」というラベルに苦しんでいることも事実です。

いくら、差別をしてはいけない、と思っていても僕らにはもう一度、ラベルを剥がして人を見る必要があると思います。

人間というのはスーパーの商品のように
ラベルを貼られるためにできていないのです

僕らは皆同じだということを忘れてはいけません。生まれた時からの成長の過程で、問題を抱えている人もいるでしょう、また酷いラベルを貼られている人もいるでしょう。でもだからといって、人種や多くの差別が正当化されてはいけません。

僕らはスーパーの商品じゃない。言葉を使って、考えて人と話すことができる人間という生き物なのです。

私たちは自由なはずです

このラベル全てを剥がして

生き方と考え方をその限られたスペースから脱出すれば

私たちは真の自分とあなたを自由に 見ることができるようになるのです

最後に

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僕が最初この動画を見た時は英語だけで、意味を理解するのに集中しすぎて全体像があまりつかめていませんでした。でも昨今の黒人人種差別問題、そして未だに残る日本人の外国人に対するイメージなどの問題において、もう一度考えなおす必要があるのではないかと思いました。

この問題はとても取り扱いが難しく、多くの批判が生まれます。だって僕らは今赤ちゃんではなく、何年も生きてきた人間だもの。しかし、だからといって、差別や偏ったイメージは良くない。そう思うのです。この記事が少しでも、なにか考えるきっかけになってくれたらいい。そう思う限りです。長文失礼いたしました。では、皆さん良い週末を。

翻訳引用 : I Am NOT Black, You are NOT White. with subtitles | Amara

画像引用:I Am NOT Black, You are NOT White. - YouTube

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