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【近況報告】一時帰国、介護、祖父

こんにちはカコイです。

ブログを書こう書こうと思っていたのですが、いろいろあって書く気分になれませんでした。今日はファイナル前ということで、気持ちを整理することも含めて書いていこうかと…!

この前の冬に2週間ほど一時帰国をして、もうしばらく帰ることが無いだろうと思っていたのですが夏に再び戻ることになりました。

実は祖父に癌が発覚し、詳しくはまだこれからの方針が決まっていないのですが、会える時間が限られている状況になりました。僕は小さい頃は両親が共働きだったために、祖父母の家にいつもお世話になっていました。そして祖父母にとって僕は初孫だったので、一層かわいがってもらっていました。小さい頃からの思い出は綴ればきりがないのです。本当に大好きな祖父母です。

祖父は脳梗塞と脳梗塞を何度も(多分合計で8回以上)患い、そのたびに入院などを繰り返しながら仕事を続けていました。しかし、5年以上前でしょうか、最後に脳出血になった時に半身不随になりました。しばらくは入院していたのですが、家のことが大好きで料理も祖母のものか、本当に好きなモノしか口にしない、そしてザ・九州男児の頑固者なので、実家での被介護生活が始まりました。

家には祖母しかおらず、祖母も年を重ねた状態で介護生活が始まりました。度々僕も介護の手伝いをしたり、夜中に高熱が出た祖父を背負って家から連れだして救急外来に連れて行っていました。そして高校を卒業して、外語学院に入学する時に、母親の東京への単身赴任が決まりました。初の一人暮らしだということで不安と寂しさで泣いて空港のリムジンバスへ乗った母親が鹿児島を去ってから、僕は実家と祖父の家に交互に住む生活が始まりました。バイトが無い日は祖父母の家に、バイトで12時まで働くときは実家で寝るという生活でした。

夜中に鳴る祖父からの電話で目を覚まし、祖母と祖父の部屋に行き介護をする生活は祖父のことが好きだったからこそ、続けられた生活でした。また、それ以上に大好きな祖母がつらそうに介護するのを助けることが自分にできる唯一のことでした。

介護というものは想像よりも過酷で、そして精神的にとても辛いものなのです。

祖母が一番辛かったはずなのに、僕が上記のようなことを言うのは申し訳ないのですが、本当に大変です。

着替える度、トイレにいく度、ごはんの度、ベッドに入る度、出かける度、毎回介護が必要です。幸い介護ヘルパー、そして運転手の方々が親身にサポートをしてくれていましたが、やはり一番一緒に長くいる祖母の苦悩は絶えなかったと思います。

介護を施される祖父も同様だと思います。脳梗塞で好きな車の運転もできなくなり、会社の現場でも満足に動くことも出来ず、孫と思いっきり遊ぶこともできず、家ではただベッドに横になり衰える耳で大音量のテレビを見るだけの生活は、きっと膨大なストレスと精神的な反抗態度を産む原因だったと思います。

そんな状態で僕の留学の出発日が決まりました。

出発前は僕は通訳や、バイト、留学準備で忙し状態でしたが、夜は自由だったので祖父母の家で大半を過ごしていました。そして、自分がいなくなった時に急な介護の負荷の増大に祖母が戸惑わないように、なるべく祖父母の家に同様に住んでいた高校生の妹に介護を教え、自分は手を出せない日々が続きました。

いつか、いつか、こういう日が。こういう期間が来るとは分かっていました。でも、毎回考えると辛くて、実際に起きることは遠い話だろうと考えるのをそのたびにやめていました。

今回、セメスターの終わり、そして終わってから2週間後にサマーセッションが始めるこのタイミングで、人生において最も必然であり、そしてもっとも残酷である大切な人の別れへ近づいていることを実感することになりました。

正直まだ、良く実感も湧きません。最初入院のことを母親から聴いた時は軽くパニック状態になり、ルームメイトに支えてもらいました。癌が発覚した時は、もうよく分かりませんでした。ただ、できることは母親の話をしっかり聞いて、最後の時を迎えるであろう自宅介護に対して、介護を手伝っていた身として改善のポイントを伝えることと、単身赴任が終わり返ってきた途端、このような状況を取りまとめている母親の話を聴くことだけでした。

このことが発覚してから、死というものを考えない日はありません。これは自分の生活にも大きく影響していて、丁度悩んでいる進路のこと、将来のことも全部ごちゃごちゃしてしまったり、一人でいることが辛くなってしまったり、何事に対しても行動する力が出ずボーっとしていることが多くなりました。

今回はこの状況を打破し、今セメ、そして夏を乗り切って、胸を張って早く祖父母に会うために、気持ちを整理しようと思い書きました。

久々に文章を書くので、ぐっちゃぐちゃですが、とりあえず、頑張っていきたいと思います。

あ、そういえば父親も軽い脳梗塞(3年ぶり2度目)で同じときに入院していました。この話の祖父は母方の祖父なので、僕は両家系共に脳にあまり良い遺伝子をもっていなさそうです…。(´・ω・`)