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Day Street

日々が道となり人生となる

アメリカの街のゴミ箱の異常な多さを調べたらいろいろ分かった話。【日本のゴミ箱問題】

おはようございます。今まで冬が好きだったのですが、住んでいる街の中途半端な寒さに耐え切れず冬が嫌いになりそうな今日この頃です。

日本と電話をしていると、奥の方で正月特番を見ている相手方の家族の笑い声が聞こえてすこし寂しくなりました。

ロサンゼルス付近に住んでいる僕ですが、個人的にこの街には特別正月のような概念は感じません。僕もカウントダウンを友達の家で騒ぎ、所謂Happy New Year!!は終わりました。

先日10日間の一時帰国を終えて、帰ってきてからの時差ボケが未だに治っていない1月2日。いつもやっと眠たくなる朝5時ですが時差ボケ補正の覚悟を決めて、起きて机に座っています。早く普通に眠れるようになりたい。そう思うカコイです。

そういえば、一時帰国中に軽い逆カルチャーショックに遭ったんですよ。今日はそのことについてです。

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Contents

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あれ…日本のゴミ箱少なくない…!?

楽しみにしていた同級生との食事会への移動中、僕はお気に入りのガムを噛みながら市電(道路の中心を走る電車)に乗っていました。繁華街についてLINEに送られたお店の場所に向かいながら、ガムの包み紙に噛み終わったガムを出し捨てようとしました。

ここで気付きました…

ゴミ箱が見える範囲に無いことに。

僕が住んでいる街には絶対にあるのに…と思いながら、結局コンビニに寄り道して、ガムを捨てお店へ向かいました。遅刻したのはゴミ箱がなかったせいです。(言い訳)

そしてアメリカに帰ってきた今、なんで日本はゴミ箱が少ないのか気になりました。

日本はなぜ少ないのか

◆テロ対策

調べたらこの理由が第一に出てきました。原因となったテロ事件はオウム真理教地下鉄サリン事件でした。

地下鉄サリン事件(ちかてつサリンじけん)とは、1995年(平成7年)3月20日に、東京都の帝都高速度交通営団で、宗教団体のオウム真理教が起こした神経ガスのサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。警察庁による正式名称は地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件[1]である。この事件は日本だけでなく、世界にも大きな衝撃を与えた。  地下鉄サリン事件 - Wikipedia

この事件以降ゴミ箱の数は急激に減少し、公共のゴミ箱は見つけるのが困難なほどになった。また、地下鉄のゴミ箱には半透明の箱と袋が使用されているケースも多くなったそうだ。

しかし、目視で簡単に爆弾が見つかのか?テロリストがそんな見えやすいところに外見で分かるような爆弾を放り込むか?などの指摘も多く時代遅れとも言われている。

まぁ抑止力や精神的安心にすこしでも貢献しているのなら良いだろう。

◆日本人のゴミに対する文化

もう一つ触れておきたいのが日本のゴミに対する考え方だ。日本の江戸時代にはリサイクルの概念が発達していました。これは「使い回す」というよりも「物を大切に長く使う」という考え方です。

鋳かけ(いかけ)などの金属修理、箍屋(たがや) などの木製用品の修理などの修理業。そして紙屑買い などの古紙回収業者、古着屋(この時代は衣類は大変貴重)などの回収業。これらのリサイクル業が盛んだったことは有名です。また、排泄物や可燃物を燃やした灰でさえも肥料としていた時代です。

「遠足で出したゴミは持ち帰ろう」

これも聞き慣れたフレーズだ。外で出したゴミは持って帰る。これが常識なのが日本だ。いや、これが常識だったのが日本だった。詳しい問題点は後半で語る。

アメリカはなぜ多いのか

◆単純にポイ捨て対策

僕はまだ留学歴が浅いので日本同様に語ることができないが、やはり原因はポイ捨てだろう。

ポイ捨てにより街が汚くなる→じゃあゴミ箱増やそうぜ

って流れじゃないかと思う。実に単純思考で簡単な対策である。

簡単にどのぐらいあるのかというと、まずバス停には必ずと言っていいほど1つある。勿論バス停は沢山ある。

そして交差点で仕切られる歩道にも必ずと言っていいほど1つある。50m感覚という感じだろうか。

50mメートル感覚といえば、僕がバイトしていた複合型ショッピングモールは50mごとに消火器が設置されていると話を聞いたことがある。だから日本で実感してみたかったら消火器をポリバケツぐらいのゴミ箱と考えて見てみるとわかりやすいかもしれない。僕の住んでいる街のモールは本当に50m感覚のように感じるほどゴミ箱が多い。

もうアメリカ人はきっとゴミ箱の虜だ。うん。

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ゴミ箱数の違いによる影響

◆日本だと

観光客への影響

観光案内通訳のボランティアをしていた時に、結構な人数の観光客から「ゴミをここ(案内所)で捨ててくれないか?ゴミ箱がないんだ」って言われた。僕が担当していたのは豪華客船観光客で、船の乗り場は勿論ゴミ箱は少ない。彼らが溜め込んだゴミを捨てることができるのは案内所か、船の中での出国審査前に船員が持っているゴミ袋ぐらいだ。そしてそれらはいつも終了時にはパンパンになっている。

だったらゴミ箱を増やせばいいのでは、と思うだろう。でも、想像してほしい。国によっては分別に気を使わない国もある。そして誰でも捨てられる分別ゴミ箱を用意するとしよう。彼らに観光通訳ボランティアが指導するのは違うし、インストラクションを作っても効果があるかは分からない。最悪の場合分別などない状態でごちゃ混ぜで捨てられたら、嫌な思いをしながら分別するのは観光の受け皿をしている方々なのだ。しかも、平均でも10時間続く仕事の後だ。

祭り後のポイ捨て

数が少ないゴミ箱はイベント時には飽和状態になり重大な事態となる。

溢れるゴミ箱である。このゴミ箱はもともと缶を捨てるものなのに…。 f:id:kakoid:20160103103506j:plain

◆アメリカだと

僕のいるロサンゼルスでは分別は殆ど無い。

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アメリカでゴミを分別しないというと 「エェ~、おくれてる」と思われるでしょう。 アメリカでゴミを分別しないのには日本とはまったく違った考え方があるからなのです。

日本ではゴミを分別した方がECOだという常識が一般的です。 アメリカでは細かく分別する事による経費の方が効率が悪いと考えられています。 ゴミを分ければ、当然、収集車の種類、設備、場所、人も分けなければいけなくなります。 分別せずにいっきに集め、ゴミ処理業の効率化を図ったのが アメリカのゴミ処理のやり方なのです。

アメリカのゴミの出し方 2|雨音のぶろぐ

また、アメリカのゴミ回収は有料だそうだ。僕はアパートなので分からないが、上記のブログの方は2ヶ月で80ドル近く払っているらしい。

ペットボトルを漁る人たち

バス停などでバスを待っていると、ゴミ箱を漁ってペットボトルを探していたり、少しだけ残ったペットボトルを持っている人を見て「それ捨てる?」と尋ねて来る人がいる。詳しいことは知らないが、ペットボトルやビンを集めてある場所に持っていくと現金と交換してくれるらしい。そのためホームレスの人々は毎日ゴミ箱を漁りながら歩いている人も少なくない。

日本の公衆ゴミ箱に対する考え方を見直してみる

さて、ざっくりと日本とアメリカのゴミ箱について情報を並べた。ここからは日本人のゴミ箱に対する考えをもう一度見てみよう。

日本人は綺麗好きだからゴミ箱が少ない、だけど街は綺麗。というのは一概に言えるだろうか。

普段はゴミ箱が少ない状況に慣れていたり、コンビニなどの店舗のゴミ箱でことが足りているのかもしれない。しかし、ご覧のようにイベント後の街や、金曜の夜が過ぎた飲み屋街の惨状。大量生産大量消費で追いつかなくなった街のゴミの処理。はっきり言って街はゴミで溢れている。しかし、学校や会社に通うときには街にはゴミは無い、綺麗な街がある。

なぜなら、多くの人がポイ捨てしたゴミを毎晩のように一人で回収したり、イベント後にチームでゴミ拾いをしてくれている方々がいるからだ。

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最近よくテレビ番組で「日本のここが凄い!」と、1つの視点から日本を賛美する番組が溢れている。ゴミが少ない!日本の道は綺麗だ!美しい!!シンガポールみたいにポイ捨てを罰金にしていないのにすごい!!と、見たことがある。皆ポイ捨てをしないようにと心がけているが、それは全員ではない。汚す人たちは沢山いる。それをカバーしているのは夜中や早朝などに自発的にゴミ拾いをしている方々がいるからである。是非祭りやイベントの後の夜中に会場に行ってみてはいかがだろうか。金曜日の夜中の3時に飲み屋街にゴミ袋を持って行ってみてはいかがだろうか。

これが日本が綺麗な街をキープ出来ている理由だ。

matome.naver.jp

ゴミを拾う彼らを偽善と批判する人がいるが、全く批判する気になんてならない。批判内容も酷いものだ。ネットへの公開という点において承認欲求について批判しているが、彼らこそ批判することによって承認欲求を満たしてもらいたいだけにしか見えない。

結論

なんだか自分でもよくわからなくなっているんだけど、強制的にまとめようと思う。

日本とアメリカのゴミ箱の数量差はヤバイ。文化も結構違う。ゴミ箱を増やせという人達もいるが、あえて増やさないでできる対策は無いものだろうか。日本の街の美をキープする文化は非常に大切である。これが利便を原因に失われるのはどうだろうか。

最初が「なんでゴミ箱がこんなに多いんだ!」と思って調べ始めた単純なことだった。しかし、いろいろな角度から考察して考えや実情をリンクさせるといろいろわかってきた。日本は確かに綺麗をキープしようという人の割合は海外に比べて多いかもしれない。しかし、それに満足するのではなく、現実を知り多様な視点から考え、支えている人たちの存在をもう一度知っておく必要がある。慢心してはならない。知り、疑い、考察し、更に知ることは、とても大切なんだ。


グダグダ長くなってしまいました。最後まで呼んでいただきありがとうございます。よろしければはてブやシェアをお願いします!(^o^)

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